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辞書は読み物だった!『辞書になった男』


日本を代表する国語辞典といえば

見坊豪紀ことケンボー先生のつくった三省堂国語辞典と

山田忠雄こと山田先生のつくった新明解国語辞典

2人は東大の同級生であり、2つの辞書の前身である明解国語辞典を

共に作り上げた。

ところがある時期を境に、二人は決別し、

明解国語辞典は三省堂国語辞典と新明解国語辞典という

2つの辞書に生まれ変わった。

その後、再び顔を合わせることのなかった二人。

一体何があったのか。

口を閉ざす関係者への取材を重ね、2つの辞書を丹念に読み込み、

ある日、筆者は辞書にひとつの鍵を見つける。

【時点】用例:1月9日の時点では、その事実は判明していなかった。

(新明解国語辞典第四版)

そう、まさに1月9日に2つの辞書が生まれる秘密があったのだ…


佐々木健一が謎を追う、

ノンフィクション辞書ミステリー

『辞書になった男』 著:佐々木健一


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辞書を巡るミステリアスなドキュメンタリー!的触れ込みに

惹かれ読んでみたのですが、

1月9日になにがあったのか

その謎は思いの外あっさりと解明され、

事件自体も、あれ?それだけ?という肩すかし感が否めない


それよりも面白かったのは、

辞書の語釈と用例を読み込み、

二人の性格をプロファイリングしていく過程


国語辞典は公のもの

言葉の"正しい"意味が載っているもの

個人の個性や思惑と1番遠いところに位置した書き物

だと思っていました


ところがどっこい

人間の作っているもの

そこに個性や、世の中に対する思いが込められないはずがない

そもそも言葉の"正しい"意味なんて存在するのか?

全く、辞書に対する既成概念がことごとく打ち破られる

痛快な読書経験になりました



山田先生なんて、辞書は文明批判だ!という思想の下で

編纂を行なっているから独断と偏見に満ち満ちた語釈で驚き

例えば、

せいかい【政界】〔不合理と金権が物を言う〕政治家どもの社会。

どうぶつえん【動物園】捕らえてきた動物を、人工的環境と規則的な給餌とにより

野性から遊離し、動く標本として都人士に見せる、啓蒙を兼ねた娯楽施設。


アナーキーだなあ!


暮らしの手帖の名物企画・商品テストで

国語辞典が散々こき下ろされた時には、

改訂版で当てつけともとれる用例を掲載し、名指しで反論したりする

辞書の借りを辞書で返すなんて、辞書にそんな私的な遣い方もあったのね、と心底驚いた


そういう訳だから当然、賛否両論ある

しかし外野の声には全く耳をかさず

賛否両論なくては存在意義がない!と言い切る辺りがカッコいいしその通りだと思いました





一方、ケンボー先生の生き方は芸術的

辞書は時代を写す鏡であり、鑑

その為には多様な用例を集めなければならない

用例採集に人生の全てをかけたその生き方は凄まじいの一言に尽きます


いろんなものを犠牲にしていたんだろうな…なんて

周りの人たちはなんとでも言えるけど、

どんな生き方をしている人にも

何かしら犠牲にしているものはあるのだから、

他の一切を諦めるとも、これをしているときが1番心が休まる

と言える生き甲斐に全てを捧げられる人生はやっぱり羨ましい

『月と六ペンス』に登場する画家・ストリックランドを彷彿しました




書き方がややクドいけど、辞書入門として

非凡な生き方をした二人の人間の生き様の軌跡として、

大いに楽しめる一冊です



読むと間違いなく新明解国語辞典の第三版が欲しくなること請け合い
by 96770 | 2014-04-28 22:51 | 書店
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